医療現場において、誤った医療行為につながりかねない出来事が発生した場合は、インシデントレポートを提出する必要があります。インシデントレポートは、病院や施設全体で課題を共有するだけでなく、再発防止につとめるためにも欠かせない報告書です。
今回はインシデントレポートの書き方や注意点について、記載例も含めて詳しく説明します。
インシデントレポートとは
まずは、改めてインシデントレポートの目的について振り返ってみましょう。
インシデントレポートは、インシデント(誤った医療行為や、医療ミスにつながるできごと)を把握、分析する報告書です。近年は、専用のシステムやツールで作成・提出する病院も増えています。
インシデントレポートを実施する目的は、医療ミスの予測や再発防止です。インシデントが発生した根本的な原因を病院・施設全体に共有することで、実効性のある対策を講じることができます。
また、発生状況や原因を、主観ではなく客観的に理解する上でも意味があります。自身がインシデントを起こしてしまった際は、自分を過度に責めたり悲観したりするのではなく、「どうするべきだったのか」と未来に向けた改善策を考えていくことが大切です。レポートはその重要な役割を果たします。
なお、医療事故が起こってしまった場合には、「インシデント」ではなく「アクシデント」と見なします。患者様にリスクのある事態が起きた際は、インシデントかアクシデントかを見極め、どちらのレポートを作成すべきか判断しなければなりません。
インシデントレポートの書き方
インシデントレポートを誰が書くかは厳密には決まっていません。第一発見者、患者さんを受け持つスタッフなど幅広い人物が作成に関わります。
ここでは、インシデントレポートの書き方を解説します。
インシデントの概要
インシデントの概要では、起こったインシデントの内容を正しく伝えることが大切です。レポートを書くときは自分の推測ではなく、あくまでも「起こった事実のみ」を伝えるようにしましょう。
薬の投与量や時間など、数値化できるものは可能な限り数字で記載します。
インシデントレベル(患者への影響度)
インシデントレポートを作成する際には、自身が起こしたインシデントがどのレベルであるかを把握しておきましょう。
インシデントの重大性はレベル0〜2の数値で表しますが、インシデントレベルの定義は病院・施設の方針によって異なります。
インシデントが発生した要因
インシデントが発生した要因を、詳細かつわかりやすく記載しましょう。
実施策または改善案
今後も同じようなインシデントが起こらないよう、要因の分析に基づいて、適切な再発防止策を記載します。
状況ごとに小さな原因を掘り下げ、根本的な原因を突き止めることが大切です。
インシデントレポートの記載例【例文あり】
厚生労働省の「重要事例集計結果」を参考に、インシデントレポートの記載例をご紹介します。
出典:「重要事例集計結果」(厚生労働省)
具体例① 処置台からの転落
記載例:◯月◯日11時半ごろ、外来にて身体計測をするために患児を処置台に座らせた際、母親がバッグを置くために一瞬目を離したところ転落した。この時、処置台に柵はついていない状態だった。
患児は起立、歩行可能。啼泣していたが痛みや気分不快の訴えはなく、頭部・体幹部に外傷なし。体温36.0℃。 BP100/58 P66 SpO299%。主治医に報告し、経過観察となる。
具体例② 点滴の取り違え
記載例:◯月◯日7時ごろ、看護師Aは主治医から500mlの輸液を6時間で投与の指示を受け、患者Aに点滴を施行した。訪室時、看護師Aは同じトレイに同色の2つの点滴を乗せていた。
8時ごろに看護師Bが患者Aを訪室した際、点滴バッグに患者Bの名前が記載してあることに気づき、すぐに抜針。看護師Aに報告した。
患者Aは気分不快や体調不良の訴えなし。体温36.2℃、 BP126/66 P72 SpO298%。看護師Aが主治医に報告し、経過観察となる。
インシデントレポートを書くときのポイントと注意点
ここではインシデントレポートを書くときのポイントと注意点について解説します。
6W1Hを意識する
インシデントレポートを書くときに大切なのは、客観性を意識して事実のみを記載することです。
「When(いつ)、Where(どこで)、Who(誰が)、Whom(誰に)、Why(なぜ)、What(何を)、How(どのように)」の6W1Hの項目を整理してから記載することがポイントです。
特に病院看護師の場合は、ひとつのできごとに複数人が関わることが多くあります。看護師や医師、患者様、それぞれの行動を分かりやすく簡潔にまとめることが重要です。
“なぜなぜ”分析をする
根本的な原因を究明するには、“なぜなぜ”分析が有効です。「なぜ?」を繰り返しながら、インシデントの発生原因を深掘りしていきましょう。
例は以下のとおりです。
通所介護の施設で、重要な書類と連絡帳を家族に渡せなかった
↓なぜ?
別の利用者に連絡帳を渡してしまった
↓なぜ?
普段、荷物整理の業務に慣れない職員が行っていた
↓なぜ?
利用者が帰宅準備をする時間帯で、業務が重なっていた
↓なぜ?
帰宅準備と尿廃棄の時間が被っている【根本原因】
事象が起きた時間帯に多くの業務が重なっており、荷物整理の担当者が役割を果たせなかった【対策】
・業務が重なるのを避けるため、尿廃棄の時間を変更する。
・役割分担を見直し、職員同士の連携強化を図る など
再発防止策の決定につながるまで、原因の追求を繰り返すことが重要です。
このとき、複数の原因が考えられる場合はすべて挙げましょう。根本的な原因をまとめた後で、それぞれ対策を考えることがポイントです。
主観的な表現を避ける
インシデントレポートを書くとき、言い訳・反省文・批判などの主観的な表現はNGです。自分の間違いで起こったインシデントをレポートにする場合はつい言い訳や反省を記載してしまいがちですが、そうすると問題点がわかりづらくなってしまいます。
また、推測の内容が入らないように気を付けましょう。例えば、仰向けで横に寝ている患者さんの様子を見て「転倒していた」などと記載すると、事実とは異なる報告になってしまいます。見たままの状況を記載することが重要です。
まとめ
この記事では、インシデントレポートの書き方や注意点について、例文を交えながら詳しく紹介しました。書くことに苦手意識をもってしまう看護師も多いインシデントレポートですが、今後の再発防止につながる重要なものです。
ここで紹介した書き方や注意点を正しく理解し、簡潔で分かりやすいインシデントレポートを書いてみましょう。